290-0025 千葉県市原市加茂1-7-9 唯心円成会発行
第302号 2010年2月号


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・道元と法然「二辺往来」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「同事(どうじ)−やわらかい心」

アラン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「アランの幸福論」より

・・・
「習慣坊主」

・・・・・・・・・・・・・・・「梅」(美好芳子)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「思考」と「感情」


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 道元と法然「二辺往来」

日本仏教において、人生の導師には、大きく分けて二つのタイプがある。
一は、自己規制を説き、自らの精神向上を勧めるタイプであり、二は、そのような計らいは一切放棄してしまい、
仏陀におすがりしてしまえ、とするタイプである。

一の代表は道元であり、二の代表は法然があげられる。
前者は「欲を捨て、人のために尽くせ」といい、後者は「そのような立派な人物になるのは諦めてしまい、
全てを仏陀に任せてしまえ」という。

両者の言う事は反対だが、その求めるところは、二者に共通している。それは
「人間の悩みを無くし、幸福に導く」ことである。

この二者はどちらが優り、どちらが劣っているという訳のものではない。
ただどちらも、扱い方を誤り、陰の落とし穴に陥れば、自己破壊の道を辿るし、
陽気で楽しみの中で暮らせば、幸せ感に溢れ、人と平和に生きる事ができるのだ。

一のタイプは、自己重要感の充足に起因し、二のタイプは群居衝動に埋没しがちである。
一は、とかく自分の至らなさを責め、自分を叱咤激励をしすぎる故に、気分は陰に陥りがちである。
二は、とかく無規律放縦のため、非生産的、非進歩的になりがちである。
そして、これも陰に陥り、詠嘆的になりがちである。

その弊害を脱するものは、私の言う「二辺往来」である。

すなわち、昨日、道元で自分に厳しすぎたな、と気がついたら、
今日は、法然に乗り換えるのである。そして人生を明るく積極的に生きていく事だ。

「それでは、真の宗教が成り立たないではないか」とある人は文句を付けるかもしれない。
「その通り」と私は言いたい。
「真の宗教」などというものは、どこにもない。

たまたま、その時、その場において、縁のある人を救ってくれる宗教があるだけである。
「諸行無常」もの皆移り変わる。
宗教もその例外である筈がない。



同事(どうじ) ― やわらかい心

もし今年の初詣で「無病息災」を祈願されたのなら、それを実現させる最も有効な方法をご紹介しましょう。
それは「やわらかい心」により生じさせられます。

現実の社会の健康状況を見ると、3分の2以上の大人は「何らかの健康問題を抱える」という調査結果があります。
その中でも、「だるさと疲れ」を8割の人が訴えていますが、その原因は社会が生み出す「ストレス」にあります。
ストレスをそのまま放置すると免疫力低下が起きてくるため、ガンなど、命にかかわる病気の最大の発病原因になっています。

そうしたストレスの多くは、現代の対人関係の難しさから生じています。
何かをするに当っては、私たちは先ず自分を中心に物事を考えがちで、そこには強い「自我」が出ています。
それと、多くの人は「正解」を気にし過ぎる傾向もあります。
自分の出した答えが正解かどうかを気にして、「間違った答え」をしていないか他人の目を意識します。
これを続けていると、心理的には強い緊張状態が起きていて、強いストレスを生じさせます。
ストレスは、軽いうつ状態や不眠を生み出し、個人の意欲をそいでしまいます。

それでは、「無病息災」のためにはどうしたらいいでしょうか。
その答えは簡単で、「ストレスをためこまない」ようにすればいいのですが、
そのための方法は、仏教の同事(どうじ)と呼ばれる修行法から見出すことができます。
「同事」とは、自分を捨てて相手と同じ心、同じ境遇になりきるために、「仏ごころ」を働かせるのです。
つまり、自分の心を相手と同じにすることで、その結果、相手の側から自分の心を受け取ってもらい
納得してもらうようにすることです。

個性が異なっている相手と同じ立場になるために必要なのは「やわらかい心」です。
この「やわらかい心」を生じさせるためには、自分の方で「先に正解を決めておかない」ことが肝心です。
「正義」を振り回すと、そこから自分と他人の間に諍いが生じてきます。

実は、この世の中に「正義」や「正解」などといったものは、もともと存在しないのです。
仏教真理の一つに「無常」がありますが、これは「本来、すべての物事には固有の性質などはなく、
すべては変化し続けていくものである」、と言ったものです。
そのことからすれば、この世の中の森羅万象は、すべてが相対的な関係に過ぎないということになります。

この真理に目覚めれば、「朝令暮改」することについても、心の中で恥じることがなくなります。
なぜならば、「事前に決めた状況が変わっているのなら、その答えも当然ながら変えなくてはならない」と
強く確信できるようになるからです。

特に、ビジネスでの大成功を望むのであれば、
「最終的にお金を支払ってくれるお客の気持ち」になりきれる「やわらかい心」を持つことが何よりも大切です。
そのことにより、自分とお客の心の間を自由に行き来できるようになります。
お客の気持ちと「同事」の心境になることは、お客が「あったら欲しい」と思うものを知ることにつながります。

「同事」の修練は、結果として、
無能会主が長年説かれている「二辺往来」という円成会の奥義の実践につながっているのです。


アラン  「アランの幸福論」より

【アランの幸福論】他人の不幸話は、聞いていている人にとっては快適なものではなく、
無用なものである。

だから不幸話はしないほうがいい。だが致命的でない失敗談はそれと異なる。
致命的でない失敗談は、その中でユーモアが内在しているときが多く、人間関係の潤滑油ともなるものだ。
何か自慢話がしたくなった時も、そこにちょっと致命的でない失敗談を入れて味付けすると、
「ああ、あいつにも時にはそんな馬鹿なことをするんだな」愉快に聴こえるものである。

不幸話は毒だが、失敗談は花である。



 「習慣坊主

「習慣とは第二の天性である」と言われます。
授かり物である天性を自分で選択できるとは私たちはなんという幸運なのでしょう。
お金持ちのひと、健康なひと、友人をたくさん持つひと、こういう方々はやはりひととは違う習慣を持っています。

わかっている。わかってはいるのですがわたしは習慣を作るのが苦手です。
なので今年は習慣を続ける習慣から身につけようと努力しています。これがなかなか具合が良いのです。

まず、出掛けるときに靴を左から履く習慣を身に付けます。
三週間毎日その習慣をしっかり守ったら、次は夜九時までお風呂に入る習慣を身に付けます。
それをクリアしたら毎朝、五分はやく起きるようにします。
そうしているとなんだか習慣を作り、守ることが楽しくなるんですね。これはオススメです。

三日坊主は高望みから。身の丈にあった習慣を今日も考えています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「思考」と「感情」

人間の持つエネルギーの最大なる力、それは「思考」であり、「感情」である。
この二つのエネルギーがすべてのエネルギーを引き寄せる現実を作っているのだ。

思考と感情のエネルギーの波動には二つの種類がある。
それはポジティブ(能動的、自ら働きかけるさま)とネガティブ(否定的、打ち消すさま)である。
ポジティブはプラスの世界を引き寄せ、ネガティブはマイナスの世界を引き寄せるのだ。

人間はともすればネガティブの世界に引き寄せられてしまうものだが、ここは強い意志の力を持って
断固ポジティブの世界へつき進まねばならない。
そうして我々は成功も幸福も得ることができるのだ。



 美好芳子  (梅) 忠実・気品

「正月の町にするとや雪がふる」(一茶)



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