290-0025 千葉県市原市加茂1-7-9 唯心円成会発行
第307号 2010年7月号


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・心画構成力

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最小不幸と最大幸福

運の総量の増やし方

・・・・・・・・・・・・・・・「金糸梅」(美好芳子)

お知らせ⇒
会員の高橋次郎さんの経営する高橋ビニール製作所で、
伝法講義用のビニールファイルを製作して下さっています。お求めは下記よりどうぞ。


WEBエンジョーのバックナンバー:299号 | 300号301号302号303号304号
305号
306号







 無能唱元


「成功者となるための特質を一つだけ挙げてみよ」と問われたら、私は躊躇なく、「心画構成力」と答えます。
「心画」とは、心の中に、視覚化されたように絵を描きつつ想像をめぐらすことです。

人間の思考は、おおむね、「言語」と「心画」の二つをもってつづられているものと考えられます。
言語は抽象的概念であり、心画は具象的構成力を示します。

アイデアとは、そのほとんどが、この後者の具象的構成によって生み出されたものであり、
この意味では、人間によって創造されたものは、まずアイデアが、心内に生じ、それが現実界に具現化したものと解するならば、
正に、「想像」は「創造」の出発点と申せましょう。

「ありありと、眼に見るごとく、未来の現象を思い描く」
これこそ、あらゆる職種、芸術、学問、実業、などの世界において成功せんとする者に要求される「行動」なのです。
ただし、この行動は、いうまでもないことですが、常にそれは「肯定的思考」によるものでなければなりません。
なぜなら、成功とは本来、肯定的範疇に入るものであり、この反対に、失敗とは否定的概念であるとかんがえられるからです。

「繁栄」「昇進」「健康」などの抽象語は肯定を示し、その反対である、「衰微」「停滞」「病気」は、否定を示すものです。
肯定的思考による抽象語を、具象化し、現実感に満ちた視覚映像化を心内で行うためには、
その人に、豊かな想像力が要求されます。

ところで、注目すべき一つの現象があります。
それは、「否定的イメージは自然的に発生し」、一方「肯定的イメージは人為的な動機づけを必要とする」という現象です。
換言すれば、「不安、心配などの想像は放っておいても、どんどん湧いて出てくるが、安心、自信などの心画は、
自分自身の意志および努力をもって描かれなければならない」ということになります。



   市橋宗岳

菅直人首相が、6月に就任した直後の演説の中で、政治で目指すべき信条を語ったキーワードが「最小不幸」でした。

つまり、政治が果たす主たる役割は「不幸の状態にいる人々を救済すること」ということになります。
政治の主たる役割はいわば、「困ったときの助け舟」という立場に聞こえました。
従来から、政治家は「国民に向かって薔薇色の夢を語ることが政治家の務め」になっています。
菅首相が「幸福と不幸」について述べたことで、国民も改めて考え直したようです。

世の中をみれば、「不幸」になることを本当に望んでいる人は一人もいません。
それでも現実的には、自分の人生を不幸だと思う人が国民の大半を占めています。
現に、神仏の前でのお願い事をする時は、誰もが「幸運」を祈ります。
(ただし、他人が不幸になるよう祈る人もいますが、これは円成会の教えにもあるように、
"人呪わば穴二つ"という結果を生むため、自分にも不幸が訪れてしまうので、決して行ってはいけません。)

ここで不幸について少し考えてみましょう。その不幸の実体は二つあるように思います。
その一つは、不幸な状態とそれを引き起こしている原因。
もう一つは、そうした状態の中で不幸感を味わっている人の気持ちや感情でしょう。

不幸を生む状況や原因としては、
病気、老齢、心身の障害、貧困、失業、破産、孤立、事故や災害、戦争、ホームレス、などがあります。
不幸感という感情についてみれば、絶望、不安、恐怖、孤独、気が狂いそう、鬱っぽい、死にたくなる、などですが、
どれも心が沈んでいて、暗い気持ちの中で生活を送ります。
その時の気持ちがそのまま顔の表情に出て、顔色は暗く、表情も乏しく、口数も少なく、声も暗いことでしょう。

「不幸」の対極にある「幸福」についても考えてみましょう。
多くの人は、財産、名誉、地位、権力、健康、など、欲しいものすべてが入手できると幸福になれると考えているようです。

しかし、「すべて手に入ること」には大きな間違いが存在していて、問題点は「脳」の働きにあります。
人の脳は、困ったことに「美人でも3日で飽きる」ように作られているのです。
つまり、熱望したものが入手できた途端、それまでの高揚感は心の中から消えうせます。
これに代わり、未だ入手していないものに対して新たな熱望が生じてきます。

例えてみれば、遠くに見える高い山に登りたい人が、その山頂に立った途端、
そこから遠くに見える高い山に登りたくなる状況に似ています。ここに、欲望の際限はありません。
そのため、この状態を繰り返す限り、その人が「満足した」という幸福感を感じることはあり得ません。
それだから、社会的に成功したと思われる人でも「時間貧乏」状態に陥るため、とてもハッピーな気分ではいられません。

「幸福」の本質がモノでないことが理解できれば、そのことだけで、「人生の悟りの道の半ばに達した」と言えるでしょう。
実体としては、「幸福」も「不幸」どちらも存在せず、この二つは、それを感じる人の心の中にのみ存在するものです。

幸福を叶える道は、仏教の言葉の「少欲知足」にあるように、自分独自の価値観を持つことで、
世間一般よりはずっと低いハードルを受け入れることです。
これが実現できた瞬間、俗世間の幸福感の源泉になっている、「欲しいものを買う金がない」
「人より目立ちたいのにできない」などといった、自分を騒がせできた欲望も、心の中から消滅してしまいます。

現代の多くの若者が取り入れ始めている「シンプル・ライフ」といった、簡素な生活の仕方で、
敢えて自動車を持たないライフスタイルなどは、この少欲知足の方向にあった社会傾向と見られて、好感が持てます。

最後に、菅首相に敢えて申し上げたい点は、
「トゲが刺さって痛がっている人からトゲを抜いてあげるのが政治の仕事」だと思います。
「不幸」最小化の実現については、個々人の心のあり方にかかってくるので、
こうした心の本質が理解できない人に対しては、政治の力で不幸から脱却させるにはかなりの困難が伴うことでしょう。


 スティーブン・ジェームス

運の総量がひとによって違うのはなぜでしょうか。

「それこそが運だ」で、片付けられてしまいそうな問題ですが、問いの答えはちゃんとあるように思います。

こういう出来事がありました。
雨が降る日、同僚とふたりで道を歩いていたら、ふたり同時に滑って転びました。そのときわたしは
「ひとりで転んでたらひとりで恥ずかしい思いをして、笑い話にもならなかったからよかった。ラッキー!」と思ったのですが、
同僚はその日、一日中「今日は転んじまってついてないよ」「運がないなぁ」とこぼしていました。

そこでやっと気付いたのですが、「運」とは起きた出来事をどう捉えるか、に大きく左右されるのかもしれません。
「俺は運が良いほうだ」というひとでネガティブな人は見たことがありません。

「運」を呼ぶためには「運が強い」と本気で思い込むことが大切ならば、
どんな嫌な出来事にも必ずある「良い部分」を抜き出して、出来事全体をふわっと包むことができれば、必ず幸せになる気がしました。

あとは日々感謝を忘れず、おいしいものを笑顔で食べ、ありがとうと言われることに感動をする。
これさえ出来れば、一生涯食いっぱぐれることはない。
そう思ったらなんだか安心してしまい、やらなきゃいけない勉強をとっとと止めて、ビールを飲んで、
すやすや寝たら翌日遅刻をして怒られました。
怒ってくれる人がいることに感謝。今日も運がいい。

 美好芳子 金糸梅(きんしばい) 花言葉「悲しみは続かない」


■金糸梅 水のひかりを ためらはず■六角 文夫
                    

会員の高橋次郎さんの経営する高橋ビニール製作所で作って下さいます。

ファイル1冊の中に、伝法講義18冊が収納できます。
声聞関・ファイル四冊で、全冊収納可能。
伝法講義卒業までの6年分がファイル10冊で収納できます。

ピンファイルなので、本に穴を開ける必要はありません。
簡単にファイルでき、どのページも楽に読めます。

10冊セット3500円(送料は実費)


インターネットからご注文をされる方はこちらからお申込ください。

電話でのお申込は 0436-21-7316 無能唱元事務所まで。

FAXでのお申込の場合は、こちらを印刷して送信するか、手書きでも承ります。
FAXは24時間受付 0436-23-6608




唯心円成会会報Enjoh | 通信教育【伝法講義】無能唱元の哲学屋唯心円成会について会員登録