290-0025 千葉県市原市加茂1-7-9 唯心円成会発行
第310号 2010年10月号


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・心の中の騒がしさ

・・・・・・・・・・・・理性脳を黙らせることの大切さ

アンパンマンの正義

・・・・・・・・・・・・・・・「桔梗」(美好芳子)

お知らせ⇒
会員の高橋次郎さんの経営する高橋ビニール製作所で、
伝法講義用のビニールファイルを製作して下さっています。お求めは下記よりどうぞ。


WEBエンジョーのバックナンバー:299号 | 300号301号302号303号304号
305号
306号307号308号309号






    無能唱元

「安禅必ずしも山水を用いず、心静かなれば、便ち是れ山」
 これは禅家の言葉です。禅の修業は、必ずしも人里を離れて山の中にこもる必要はありません。
心さえ静かならば、たとえ人混みの中にあってもそこは既に山の中である、という意味でしょう。

 またローマの哲人マルクス-アウレリウスは、
「もっとも静かな場所は、人里はなれた山野にあるのではなく、それは自分の心の中にある」と言っています。
 我々人間は、生きていくためには休息や睡眠が絶対に必要です。
これは肉体的、生理的な意味ですが、同時に精神的な面でもこれに充当するような「静寂平安な時」が絶対に必要です。

なぜならそれは、心身の疲労を癒し、生きるためのエネルギーを再び補充してくれるからです。
しかし多くの人々は、肉体面の休息の必要性は認めても、精神面における静寂平安な時の重要性には、案外無関心なのです。

 「煩悩」という字は、「煩く(うるさく)悩まされる」と書きますように、これは心の中が騒がしくて、少しも静まっていない状態を表しております。
すなわち、苦痛の状態です。この煩悩を去らしめるのが「抜苦」(ばっく)という行為のことになります。
 
しかし、心の中の騒がしさとは、必ずしも身の回りの騒々しさと一致するものではありません。
要するに、それは繰り返される不快な思考の中断をしたいと強く欲する気持です。
しかし、この思考の中断は、直接的に行おうとしてもなかなかうまくいくものでは、ありません。

 そこで間接的に行なおうとする手段が登場します。
それは「瞑想法」であり「読経」などです。瞑想法は、宗教各派によっていろいろなやり方がありますから、
自分がいちばん気に入った方法を採用すれば良いと思います。

ある精神科医によれば「深い15分の瞑想には、一晩の睡眠を超える、心身の回復力がある」そうです。
 私たちは、自分の心身の健康を確保するために、自分の静寂を守るという行為あるいは工夫が必要なのです。


   
                                                
市橋宗岳


もし、「自分の気持ちに、正直に生きることができれば」、その時、幸せな気分になれることでしょう。
実際には、自分の感情は隠しながら、状況にあった対応をとることが多いでしょう。
例えば、嫌いな食べ物が出されても、それを「嫌い」とは言えずに、おいしそうな顔をしながら食べるでしょう。

それではなぜ、人は自分の気持ちとは裏腹に、感じていることとは違った行動をとるのでしょうか。
その理由として、「理性が気持ちを抑制する」ことがあげられます。
子供の頃を考えてみると、誰もが「好き」「嫌い」「つまんない」の三つの感情を元にしながら、行動していたことが思い出されます。

その当時は、ほとんどの行動が情動脳の支配を受けていたのです。
それが10歳を過ぎたころから、理性脳が発達していきます。
理性脳の発達に伴い、感情の思うままに行動してきた様式にも、大きな変化が起きます。
それにより、「自分がしたいことでも、その場の状況によっては、我慢しなければならない」ことを覚えます。

つまり、「それまで活発に働いていた情動脳の働きを、新たに獲得した理性脳の働きによって抑えてしまう」ことに慣れていきます。

ここで改めて、情動脳と理性脳について少し説明してみましょう。
情動脳は、頭の中心部を占める「動物の脳」と呼ばれる「大脳辺縁系」がつかさどっています。
そこには、大好き、快い、手に入れられたこと、など「快い出来事」の記憶。それと、嫌い、恐怖、危険、損害、といった
「不快な出来事の記憶も、共に納まっています。

これに対して理性脳は、一般に脳の形としてイメージされる大脳新皮質の前頭前野部分がつかさどっています。
そこには過去の記憶や知識として、立場、常識、決まり、倫理、規制、罰則、などが備わっています。
何かの弾みで取った行動を、「頭では分かっていた」と後悔するのは、理性脳の働きです。

本来、人は情動に従って行動するように作られています。
これに対して、理性脳の本来の役割は、情動脳の働きを支えて、補完することにあります。
そのことから、情動脳を抑えつけることだけが理性脳の本来の目的でないことは知っておくべきでしょう。

ここで話を元に戻して、理性脳の働きによって「何かをしたくても我慢する」ことの問題点について考えてみましょう。
そのために、この二つの脳の働きを自動車の構造に例えてみます。
情動脳は、自動車のエンジンとアクセルの役割を果たしていて、動輪にもつながっています。アクセルをふかせば、
エンジンの出力が上がって、車は前に力強く走り出します。

これに対して理性脳は、ブレーキとハンドルの役割を果たしますが、車を動かす動輪にはつながっていません。
情動脳がスピードを出しすぎた時にはブレーキとして働きます。
また、情動脳の進む方向が正しくない理性脳がと判断したときには、ハンドルを少し切って方向を修正します。

ここで大きな問題になるのは、理性脳のブレーキ役割が効きすぎて、最後にはエンジンの働きを止めてしまうことです。
そのことで、自発的に行動が起こせない人間が生まれてきます。
それは、何をするにしても、色々と迷って、自分では何も決められない人間になります。
また、理性脳がハンドルを切りすぎると、その人の人生はアッチに行ったり、こっちに行ったりしてしまい、
自分では自分の進路が決められなくなります。
それ以上に、情動エンジンがほとんど動かなくなるため、一番の問題は、行動意欲が起きないことです。
ここではっきりさせたいのは、社会常識の多くが、「他人から嫌われない」処世術であることです。

二つの脳についての結論としてお話ししたい点は、
自分の人生を成功に導くには情動脳の働きを十分に活かすことの大切さです。
情動脳は、自分の夢を叶えるために、意欲や行動力を起こす源泉になっています。
夢を描けば、理性脳は必ず「そんなことが実現するわけはない、夢なんか見ないであきらめなさい」とブレーキをかけて、
方向転換を求め、現状に甘んじて、「我慢」することを強要してきます。

これには負けず、自分の成功への夢を貫くためには、「理性脳を黙らせることが必須条件になります。
理性脳を黙らせる有効な方法の一つは、「根拠のない楽観主義者」になることです。

現在の延長線上に未来を描くのではなく、自分が成功した未来から、現在の自分を見下ろすのです。
成功することの根拠などを探す努力すると、理性脳が働き始めます。だからこそ、「根拠のない」ことが大切なのです。

もう一つの有効な方法は、理性脳を黙らせるために「言い訳」を用意します。
例えば、日頃から倹約を心がける女性でも、ショーウインドに飾られたドレスを見た瞬間、衝動的に買いたくなります。
そして買ってしまいます。買った後になってから、理性脳は「すごく頑張った自分へのご褒美だから」という言い訳を意識に上らせることで、非合理な行動に対して、後解釈を加えて納得してしまいます。

つまり、高価なドレスを購入する瞬間は、後になって出てくる「言い訳」を思い付くことにより、
理性脳を沈黙させる効果を上げています。

皆様も是非、この大切な「理性脳を黙らせる」術を身に付けていただきたいと思っています。

 スティーブン・ジェームス

幼少のぼくのあいまいな記憶にアンパンマンの絵本があります。
その絵本はただの物語ではなく、子供が楽しめるようにところどころ迷路のページが
あったり、シールがおまけであったりとぼくたちの心を掴む工夫がありました。
でもあんまりアンパンマンが好きだった記憶がありません。もちろん嫌いではなかったのですが
幼い頭に「なんだか難しい話かな」と思っていたように感じます。

事実、アンパンマンはシンプルではありません。
バイキンマンとの関係、顔を食べさせる気持ち、人造ヒーロー、
あげくに首から上は交換可能です。
読めば確かに楽しんでいたのですが、ふと考えさせられる何かがあったように思います。
最近読んだ話でその「何か」の回答に近しいものを得る内容があったのでここに転載します。

【アンパンマン雑記帳】「詩とメルヘン'76年6月号」(サンリオ)より

ぼくは子供番組のスーパーマンものを見るのが大好きであったのですが、
見ていて納得できないのは、スーパーマンと怪獣がやたらに大あばれして、
周りをメチャメチャに踏み荒しても、被害者に謝りにいったりしないこと。

正義の味方というけれど、本当の正義とはいったい何だろう?
我々が本当にスーパーマンに助けてもらいたいのは、
たとえば、失恋して死にそうな時、おなかがすいて倒れそうな時、
あるいは旅先でお金がなくなった時、その他いろいろあるわけで、
そういう細かいところに気がつく優しいスーパーマンがいてほしいのです。

ぼくがまだ子供の時、遠くの町へ遊びにいって財布を落してしまった。
ぼくは何も食べることもできず、第一、電車のキップを買うお金がない。
日暮れは追ってくるし、まわりは知らない人ばかり、
いったいどうしたらいいのか、死ぬほど心細かったのです。
無限とみえるほど大勢の人がいても、それは全く自分とは無関係で、
言葉さえ通じない異国の人、いや、人間以外の何かのようにさえ見えます。

ぼくがノロノロと線路への道を探そうとした時 「やなせ君!」と呼ぶ声がする−。
見れば、ぼくの友人のK君がお母さんと一緒にいるではありませんか!

その夜、オレンジ色の光の窓を行列させながら走っていった帰りの電車の中で食ベた
アンパンほどおいしい食べものをぼくは知りません。
幸福は、時として不幸の時に実感する。

ぼくはその時に思った。
本当のスーパーマンは、ほんのささやかな親切を惜しまない人だと。
そして、そういう話をいつか描きたいと子供心に考えたのです。

(原文は長いので中略しています)

この話を読んだときに子供心に複雑なものを残していったアンパンマンのことが
少し理解できたように感じました。
アンパンマンは「見てるだけで済む」ヒーローじゃなく、「自分もかくあるべし」
という手本を示すヒーローなんだ、と。スーパーマンの真似はできないけれど
アンパンマンの真似事ならできるんだ、と。

そう気付いたときに長年の澱が消え、主題歌の「アンパンマンは君さ♪」の
フレーズにいままでと違う意味が見えたような気がしました。

 美好芳子 桔梗 花言葉(清楚な美しさ)


 ■「廻り逢ひて 見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かな■紫式部
                    





会員の高橋次郎さんの経営する高橋ビニール製作所で作って下さいます。

ファイル1冊の中に、伝法講義18冊が収納できます。
声聞関・ファイル四冊で、全冊収納可能。
伝法講義卒業までの6年分がファイル10冊で収納できます。

ピンファイルなので、本に穴を開ける必要はありません。
簡単にファイルでき、どのページも楽に読めます。

10冊セット3500円(送料は実費)


インターネットからご注文をされる方はこちらからお申込ください。

電話でのお申込は 0436-21-7316 無能唱元事務所まで。

FAXでのお申込の場合は、こちらを印刷して送信するか、手書きでも承ります。
FAXは24時間受付 0436-23-6608




唯心円成会会報Enjoh | 通信教育【伝法講義】無能唱元の哲学屋唯心円成会について会員登録