290-0025 千葉県市原市加茂1-7-9 唯心円成会発行
第314号 2011年2月号


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不運を回避するには

・・・・・・・・・・・・人が望む「モノやコト」の本質を知る

・・・・・・・・・・・・・・・「山茶花」(美好芳子)

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 無能唱元

ツキとは会話中に生じる。「 ツキ」とか「幸運」というものは自然的に生じてくる、といったように考えてられていますが、これは誤りです。

ツキは対人関係における心の交流、それも主として会話中において生じてくるものなのです。

この会話中に生じた自分の思念は自分のアラヤ識に入り、そして相手の思念も自分のアラヤ識に入り、この相互のアラヤ識に入ったもの同士が共振現象を起こし、ある時には、あなたへツキを与え、またある時は、あなたからツキを失わせるのであります。

ツキを自分に呼び込むための第一条件は、「相手は今何を考えているか?」という配慮すなわち代理想像ができるかどうかにかかってくるのです。相手の立場に自分を置き代えてみる。そして、自分がこのような言動をすれば相手はそれに対してどんな感情を抱くだろうか?ということを想像してみるのです。

このことが出来ない人間は、この世の中ではまず成功者たり得ないでありましょう。また、かりに非常な幸運のもとに一時的に成功を納め得たとしても、いずれは他人の裏切りなどによって足元をすくわれ、せっかく得たその成果を失ってしまうのがオチです。

しかし、ここでいう代理想像の意味は、決して、戦戦恐恐として、他人の顔色ばかりをうかがっていろという意味では決してありません。

また、いかに 代理想像に秀れているからといって、私たちは読心術を行なえる魔術師ではないし、またそうなる必要 もありません。

これは、チェスや将棋の指し方に似ています。指し始めから中盤までは、定跡にかなった指し方をしていることが多いものです。この様な間は、あまり思考エネルギーを使わなくともよく、無難な進行状態を保つようにしていればよいのです。そして、何か「チラ」と疑念が湧くような指し方を敵方がしたら、そこでやや長考し、敵側の意図を察知するよう努めねばなりません。

こうすれば、危険を見出し、それを回避することができるのです。

要は訓練と習慣でしょう。日常、気をつけていれば、他人との会話中、そのチラは何となく自分に感じられるものです。そして、そのチラは、何によらず一つの危険信号であると考えて差しつかえありません。

相手がにわかに声高に喋り始めた時、また逆に沈黙し、言葉少なになった時。視線が他の何かに移り始めた時。このような時、調子にのって自分ばかりが話しつづけていると、それは自分のツキを失い、成功への道を閉ざすことともなりかねません。

相手の言動に、チラと現れる危険信号を察知するためには、船の舵手のように、普段は、ゆっくりとした気分で、行く手の海面を見渡していれば良いのです。

といっても、これはぼんやりしていればよいという意味ではありません。舵手はよそ見をしていたり、また眠ってしまったりしてはいけないのです。
そして、相手の言動に、「チラの危険信号」が現れたら、それを、回避するための方策を直ちに講じなくてはなりません。
では、どのような方策を用いれば、それを回避できるでしょうか?

考えられるのは、次の三つの対応策です。
1. 話題を他に変える。
2. 自分は黙り、相手に話させる。
3. 最悪の場合、直ちに引き下がる。

話題を他に転ずるには、相手に同意を求める内容のものは避け、例えば「天気の話」「新聞記事の話題」などに、さりげなくふれて行くことです。
そして、その話題に相手がのったら、相手になるべく話させるのです。大切なことは、最前の危険信号の出た話題に、話が戻らないように、ひそかに、努めることです。

 相手の反応の調子がどうも思わしくなかったら、様子を見ながら、その日は引き下がることが望ましいのです。その際大切なことは、相手に敬意を表しながらも、あっさりと別れを告げることです。

さて、会話中、相手の言動に現われた危険信号の内容の80%は、相手の不機嫌によるものであることを、私達は心得ておく必要があります。そして、その不機嫌さは、相手の自己重要感が傷つけられたことを示すものです。

人間は誰でも「自分は秀れた人間である」と思いたがっている生物です。ですから相手の劣等意識を気づかずして刺戟してしまうような言動を、何よりも差し控えることは、私達が良き人的関係を保つためには、是非とも必要なことであります。

 市橋宗岳

円成会の宣言には、「幸福を追求する団体」という言葉が含まれています。その「幸福」について、具体的にこれが何を意味するものか、考えてみましたか。

幸福の意味は一般的に、「満ち足りているコト、不平や不満がなく楽しい事や、その有様」でしょう。

皆さんが「願望達成」や「大願成就」を祈る時は、どんな願いが叶うことを望むでしょうか。

例えば、「欲しいと思う大きな屋敷が手に入る」、「憧れる大好きな異性と結ばれる」、「大金持ちになり、欲しいものは何でも手に入る」、「有名人になり、多くの人から尊敬される」、「会社の経営がうまくいってビジネスが大成功」、「スポーツの大会で優勝する」、「体が元気で、したいことが何でもできる」、「世界中を旅して、行きたい所をすべて見て回れる」、など。こうした「幸福のリスト」を見ると、ものの入手、人間関係、目標達成、などが主に含まれています。

ところが困ったことに、願望が単にモノの取得や結婚などのゴール達成だけでは、願いが叶った途端、その幸福満足度は下がり始めてしまいます。

そのためさらなる幸福を求めて、モノの取得や高いレベルのゴール達成を求め続けることになります。これでは、いつまでたっても気持ちは収まりません。そのため、たとえ願いが叶っても、安定した幸福感は得られません。

これを解決するために、幸福の一番大切なポイントを考えてみましょう。それは、「その人の心に幸福感が強く感じられているかどうか」ということでしょう。

人間の特性として、皆と同じことを達成しても、そこから生まれる幸福感には大きな個人的な差があります。

この点について、九州大学の神庭重信氏は、「幸福感を持つ人」に共通している、四つの内的な特徴をあげています。

・自分自身が好き
・「主体的に生きている」という感覚が持てる
・楽観的である
・外向的である

ここで改めて、幸福を手に入れるまでの道筋を眺めてみたいと思います。第一の点としては、「望んでいるモノや人との関係」は、その本質が「コトや実体験から生じるイメージ」であると自覚できることでしょう。今の世の中は、テレビ・インターネット・携帯電話などをはじめとした、「バーチャル(仮想)型の体験イメージ」が溢れかえっています。

例えば、オリンピックを見るためにわざわざ上海まで出掛けなくても、テレビの画面で、または劇場の大型スクリーンで、上海にいるような臨場感を味わえました。そこで得られた感動は、人の記憶の中では、実体験とほとんど遜色のない、大変に質の高いものです。

「夢を叶える」といったことは、以前では実態が伴わないと味わえなかったはずのものでした。それが今では、願望達成から得られるはずの感動を別の形で手軽に楽しめ、体験できるサービスの人気が高まっています。

例えば、「おとぎの国に行って1日中その雰囲気に浸れるディズニーランド」が典型的な夢の実現の仕方と言えるでしょう。こうした虚構でも、「憧れていたことが実現する体験」を得ることにより、自分の願望が達成できるような自信が持てます。

幸福を生む「願望達成」は、モノが溢れる世の中であっても、依然としてモノ自体から得られています。それと同時に、新たにモノそれ自体は得られなくても、「(一流の人)らしい」、「(成功者)みたい」、「(正し)そう」、「(王侯貴族)になれた気分」、といった「イメージを感じるコト」から、高い幸福感が得られるケースの方も多くなっています。

もし、あなたが「なぜ、成功したいのですか」と人から問われたら、多分「成功することで他の多くの人から認められたいから」と答えることでしょう。

そのための一つの手としては、あふれるほどの財宝をひけらかすことで、他から一流と認めさせるか。
または、もう一つの手として、他の人が勝手に「一流の人と感じてくれるように振舞うか」の何れかになるでしょう。

そこで、自己イメージを高めるために、オシャレをしたり、オシャレな場所に出かけたりすることに努めて自己変身する体験が、自分の「気」を高めて強化する上では大切です。そのことで、「立派な人」と他から感じてもらうことができれば、それこそ「もうけもの」です。

そこまでしなくても、日常生活から一時離れて、逃避行的な非日常の空間の中で、「ゆったりとした幸福な気分」に浸るのも、成功を先取りした気分になれることから、人生を豊かにするためにもお勧めしておきたいと思います。

第二の点は、自分自身を「幸福感を持つ人」に変えていくことです。

自分自身を変えるため、上記の四つの内的な特徴を一つずつ、自分の中で積み重ねていきます。中でも、「自主的に生きている、という感覚を持つ」ことが肝心です。日本人は従来から、「人並みの幸せ」を求める傾向が強いとたびたび指摘されてきました。それに対して、新たに「自分本位」の生き方を築くことが、人生の成功につながっていきます。

そのためには、バーチャル体験ではなく、実体験を伴う形で人と出会い、話を交わして親しくなることが大切になります。多くの人が、人と直接会って交際するのを嫌う時代にあっては、人生を通してみると、こうした人との結び付きの積み上げが、幸福な人生の達成に大きな差となって現れます。

さらに第三の点を付け加えれば、人は誰でも、「自分にとって大切な価値があると思うことの達成に向けて打ち込んでいる時、その達成を夢見る中で最高の幸福感が得られる」、ということです。

このことからすれば、幸福感の強さは、願望を達成して手に入れる至福感より、むしろ、その発展途上の道のりの中で感じるものの方が高いようです。
 美好芳子 山茶花
(さざんか) 花言葉(謙譲・愛嬌)

 ■山茶花の咲きためらへる朝かな」 渡辺桂子




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