290-0025 千葉県市原市加茂1-7-9 唯心円成会発行



第316号 2011年4月号




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・楽でも苦でもない時

・・・・・・・・・・・・瞑想によって「直感力」が磨ける

・・・・・・・・・・・・・・・ラナンキュラス(花金鳳花)(美好芳子)

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平成23年2月26日(土)岡山にて講演

唯心円成会 常任講師 市橋宗岳先生
「阿頼耶識による人生の成功のさせ方」


前列中央左・市橋先生/中央右・野上支部長

野上支部長のコメント
「久しぶりに岡山円成会を開催することができ、大変好評のうちに終了することが出来ました。
そして遠くは千葉県から、山口県の会員の方々に参加していただき、
旧知の方々にお会いできたこと嬉しく思っております。
市橋先生のお話も大変よく、皆様に喜んでいただけましたこと感謝しております。
これを機にまた開催したいと思います。
ありがとうございました。




 無能唱元

生きているとは、「何か感じつつあること」だと言っていいでしょう。

「感じる」には、快感と不快感があります。しかし、人間が生きている間の意識状態は、快でも不快でもない状態というものがあり、その方が、快不快の状態より、ずっと多いのです。

この「楽しくもないが、苦しくもない」いわば、「ただ生きている状態」という状況に注視する人は、ほとんどいません。
しかし、このいわば「意識の無」の状態を、重視し、珍重し、それを賞味することこそ、「良く生きる」ことに他なりません。

人は、深山の岩清水を旨いと言います。私も何回か、そういう水を飲みました。でもそれは、旨いと表現するには、どうも当たらないようなきがします。

なぜなら、それは「美味」ではなく、「無味」なのです。しかし、無味ではあるが、その水は、素晴らしい感じを人間に与えるのです。

大病から回復した時、人は「ただ生きていられる」のことを、「無上の幸せ」だと、心から実感します。それはアルプスの冷たい水を味わったようなものです。しかし、我々人間は、自分の人生を注視し、その無味を味わい、その無為を尊ぶことによって、自分の人生を、山の天然水に変えることができるのです。

「無味を味わっている」とは、真人の意識状態の中にいる、ということなのです。それは、人間が設定した状況下にあるのではない、ということを意味しています。すなわち、しばし、無為の意識のなかにあるのです。そして、次の瞬間、あなたは、「人為をもって設定された状況下」へ入ります。すなわち、通常の人間生活意識に戻ります。

その時、あなたは、非常に新鮮な味覚をもって、人生という名のフルーツを味わうことができるのです。

こうして、あなたは、無為「真人の境地」より、有為「人智の世界」へ至り、真人の境地で得た生命エネルギーを用いて、人生を自由奔放に生きてゆけるのであります。この故に、人生における最重要課題とは、「真人の意識を理解し、それを体得することである」と私は思うのです。

そしてまた、これが「サトリ」というものの正体である、と私は思っているのであります。

 市橋宗岳

現在の社会では、毎日、多すぎる情報が渦巻いています。
例えば、知らない街で飲食店に入るにしても、どの店に入るのが一番良いか迷ったことがあるでしょう。
これが自分の一生を決める進学や就職、それに結婚となれば、どれが「正しい選択か」戸惑ってしまいます。
多くの人は、選択肢が増えれば増えるほど、多くの情報を得ようと試みますが、それが選択を、ますます迷わすことになります。

さんざん迷った末、「エイ、ヤー」式に、「思いつき」や「ヤマカン」で選んでしまい、後になって深く後悔するようなことを繰り返しています。この状況を避けるには、どうすればいいでしょうか。

先ず、最適な答えを選択することが困難な理由は、ほとんどの場合、その中に未だ体験していない将来予測を伴うからです。
昔と違い、変化スピードが速い現代では、「未来は、過去の延長線上にはない」ことは、誰でも頭では薄々感じています。それにもかかわらず、実際の選択の中では過去の情報やデータに依存してしまいます。その結果として、「間違った答え」を選択してしまうのです。

これに代わる、最善の答えが得られる方法としてお奨めしたいのは、「直感によって決める」方法です。この方法は、一番間違いがなく、しかも本人に悔いが残らないため、最善の選択方法といえます。

改めて「直感」の定義から見てみましょう。直感とは、「自分では、これが正しいという確信がありながらも、その思いの中身については、言葉にして他人にうまく説明できない」というものです。そのため直感を表現する時は、「1番ふさわしいと感じられる」「ピッタリしている」「感じに一番近い」、といった、漠然とした言葉になっています。

その直感は、潜在意識にある情動脳の働きによるものです。直感の「思い」については、言語を司る理性脳を通らないため、「言葉に表わすことができない」特徴があります。そのことから、直感から得られた答えに対しては、無理に根拠を求め過ぎないようにしましょう。(根拠を求め始めると、理性脳が働いて疑念が起きてくるからです。)

また、直感に近いものには、「ひらめき」があります。こちらは理性脳によって処理されるため、その理由については、言葉にして論理立てて説明することができます。例えば、 2、□、6、8 と数字が並んでいれば、□の中は「4」、とひらめくようなことです。

直感をコントロールする情動脳は、本人には無自覚で言葉にできない、言ってみれば「心の暗黒大陸」です。それでも人間行動の95%までを、情動脳は本人の自覚なしに決めてしまうため見逃せません。

そこで人生の成功を遂げるために、改めて「直感力」を磨くことに注目していきましょう。
優れた直感力は、長年にわたる豊富な実務経験、豊富な知識や体験、感性などから生じてきます。そのための道筋には、5つポイントがあります。

第一に、自分自身が「直感」の存在に絶対の信頼を置くことから始めます。それは即ち、自分自身を信じるということです。その上で、「優れた直感力を体得したい」願望を、アラヤ識にインプットします。

第二に、頭の中に浮かんでくる雑念を消し去るために、最も有効な手段である、瞑想を行います。
お勧めしたい瞑想法は、古代仏教に伝わる「地の編」と呼ばれる方法です。まず準備として、紙の中心に5センチくらいの○を書き、さらにその周囲に30センチくらいの○を重ねて描きます。

次に、中心の○と周辺の○に、土をイメージした茶色を塗ります。その際、中心の○の方を少し濃い目に仕上げます。自分が瞑想するポーズを取った時の目線の前の壁に、この紙を貼ります。この「地の編」瞑想法は、仏陀が敵から殺されそうになった時、「地の瞑想を行い土と同化したため、敵から姿を隠すことができて窮地から逃れた」という、古代経典に由来しています。
薄っすらと開けた目の先で、この「地」の○を見ながら、心の中で何度も「ツチ、ツチ、ツチ・・」と念じていきます。雑念が出てきたら、息を吐きながら「ツチ、ツチ、ツチ・・」と念じ続けます。

第三に、直感が感知できるように、自分の感性を磨きます。実際には、自分がリラックスしている時に「ふと感じる思い」がキャッチできるようにしていきます。直感が飛び出して来る瞬間は、大概は、他にやることがない時です。例えば、入浴時、朝の目覚め、散歩、電車で座っている、などです。

第四に、飛び出してきた直感は、即座に、常に持ち歩くメモ用紙に書きとめます。さもないと、モグラたたきのモグラのように、すぐに潜在意識の中に潜り込んでしまい、再び思い出すのは困難です。
第五に、直感による導きを疑うことなく、必ず、実行に移していきます。この実行があって初めて、自分が望む素晴らしい未来が開けていくのですから。

 美好芳子 ラナンキュラス(花金鳳花)はなきんぽうげ
花言葉(あなたは魅力的・光輝)

 




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