290-0025 千葉県市原市加茂1-7-9 唯心円成会発行

第321号 2011年9月号




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自尊心について

・・・・・・・・・・・・情9理1 

・・・・・・・・・・・・・・・ディプラディニア(美好芳子)

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無能唱元

人は自己重要感が傷つけられれば、劣等感に囚われますし、これが充足されれば、優越の快感を味わえるものですが、そのどちらかが過ぎたる場合、重大な人間関係の蹉跌を招きかねません。

人間が幸福な人生を過ごすためには、本人が自覚していようといまいと、自尊心を内に秘めていることは、とても大切なことだと思います。
ただ、この自尊心の取り扱いについては、二つの注意が必要です。
その第一は、それを内に秘めていて外に誇示しないこと、第二は、外からのマイナス情報の刺激によって、自尊心が傷つかないようにコントロールすることです。

少々乱暴な言い方ですが、結論的に言えば、ある情報によって優越心を得て、自己重要感が充足され、その結果、気分が高揚する、あるいは思い上がった気分になるのは、一向に構いません。ただし、その優越感を内にじっと秘めていることができればの話ですが、、、。
そして、外部の人々に対しては、謙遜の態度をとります。つまり、これは本音と建て前ということです。
人間、生きて行くためには、こういった用心深さが、必要となってきます。

ある人は言います。
「そんなことをしていると、思い上がった高慢な人間になってしまうのではないか?」と。
でもそれはたぶん大丈夫でしょう。 なぜなら、高慢とは外部に向かっての表現であり、それは「行動」なのです。 それを内に秘めておく用心深さがあるかぎり、自分の行為のすべての面をコントロールできるでしょうから。
具体的な一例をあげてみましょう。

朝、顔を洗ったら、鏡の中の自分の顔をじっと見つめて、「私は優れた人間である」と、声に出して唱えるのです。これは、肯定的自己暗示であり、これを繰り返すことによって自尊心は本当に培われていきます。これを心理学ではピグマリオン効果と呼んでいます。
しかし、この「私は優れた人間である」を決して他人に向かって言ってはいけません。なぜなら、それではそれは単なる自慢になってしまい、人々の物笑いのタネになってしまいかねないからです。

人間は無意識のうちにも、自分についてのイメージを持っています。それは、「自己像」とでも呼ぶべきものであり、外見がどうあろうと、その自己像が、その人にとっての事実なのです。そして、多くの場合、人はその自己像のイメージに沿った行動をするものです。
自己像のイメージには、優越と劣等の間を上下する価値基準があります。
優越は、自分に対する肯定的イメージであり、劣等は、否定的イメージです。
肯定的イメージは、その人にプラスの行動をとらせ、否定的イメージは、マイナスの行動をとらせます。
自尊心が豊かであるとは、優越的価値が高いということです。だからこそ、あなたが成功と幸福を願うならば、自己像のイメージを価値の高いものにしておかなけばならないのです。

自己像はイメージですから、当然、現実の自分、社会的位置における自分とは異なる場合があります。でも、それは自分の内部のことですから、外界と違っていても一向に差し支えありません。 要は、あなたが、あなた自身をどう評価するかにかかっているのです。大切なのは、まず、あなた自身を高く評価し尊敬すること、つまり、それが自尊心です。
自分は価値ある人間であり、世の中において重要な人物であるということを心から信じることです。


市橋宗岳

脳科学の発展に伴って、人間の本来の姿が明らかにされています。その最先端の知識から分かっているのは、「人間の脳は様々な感覚器官から入力された情報の最大95%は、潜在意識のレベルで処理されている」という事実です。
この話を聞けば、これまでの社会常識と大きく違っているように感じることでしょう。

実際に、人間の感覚器官からは、毎秒1100万ビットの情報が入ってきます。この中で、人が意識できるように情報処理できる量は、最大でも毎秒40ビットくらいです。これ以外の情報は、すべて潜在意識の中で処理されます。
潜在意識の中身は、呼吸中枢などをつかさどる、反射脳。それと、人の気持ちが熱くなるなど、感情をつかさどる情動脳の二つ働きが含まれます。この中でも、情動脳は、「快」または「不快」の判定に従って、感情を発生させ、さらに行動を起こさせるといった、非常に重要な仕事を担います。それでありながら、人はこの潜在意識の働きは、意識ができないために無自覚であり、言葉に出して表すこともできません。

これとは対照的なのが、自分で意識できる部分を担っているのが理性脳です。
この状況を伝えるために、「情9理1(じょうきゅうりいち)」という言葉を作りました。この場合の「情」は情動脳を指しているものであって、「情=なさけ」を意味するものではありません。また、「理」は理性脳を指しています。
「情9理1」が本来の姿でありながら、9割以上の部分を占める潜在意識については自覚することができません。この様子は、海に浮かぶ氷山と似ています。普段は、水の上に出ている氷の部分しか見ることができませんが、その9倍以上の体積が水中に沈んでいます。

または、日常的に使うパソコンや携帯電話についても同様のことは言えます。これらは使ってゲームを楽しんでいる時に気づくことはありませんが、実際はWINDOWSなどのオペレーティング・システム(OS)と呼ばれる基本ソフトが、その裏で働いています。それでも、携帯メールを楽しむ人が、OSの存在を意識することはありません。

今回、なぜ「情9理1」の話を持ち出したのか、についてお話しましょう。
20世紀は、科学発展を遂げて、それを形にすることで繁栄を享受した「理性の時代」でした。その中では、「人間は理性の生き物」と信じられてきました。論理的思考が尊ばれて、個人よりも組織が優先されました。個人の感情は、常に後ろに追いやられる存在でした。この時代の状況を指して、私は「理9情1(りきゅうじょういち)」の世界と表現します。
すべての行動に根拠を求められるのが「理9情1」の世界です。ところが、「人間は情動の生き物」がその真実の姿であることからすれば、「好きになるのに理屈などいらない」が本来の姿だったのです。

現代の社会は、強いストレスに満ち溢れています。その大きな原因は、「情9理1」であるはずの人間を、合理性を中心に組み立てられた「理9情1」の社会にはめ込もうとして「我慢」を強いる構図があります。この「我慢をする」コントロールをしているのが理性脳です。そのことで情動脳は自由に動くことができなくなるため、強いストレスを発生させます。

人が強いストレスを感じると、頭では「大丈夫」と考えても、体は正直で、消化器系器官が不調になったり、熟睡できなくなったりします。これらはいずれも、自律神経の中の交感神経が興奮し続ける状態を示しています。これが続くと、体がだるくなり、食欲も落ちて、疲れやすく、気分が滅入ってしまいます。このままでは、「何のために生まれてきたのか」、わからないまま、「我慢の一生」を送ることになります。

そこで提案があります。皆様も是非「情動脳のあり方が本来の人間の姿であるべき」と自分自身に語っていただきたいのです。
情動脳を生かすための秘訣は唯一、「理性脳を黙らせる」コトに尽きます。そのための方法は、「理性脳が納得する、良い言い訳」を考え出すことです。よく効く言い訳としては、「よく頑張った自分へのご褒美」や、「次の発展のために必要だから」などがあります。
その上で、これまでの生き方を、「好きなものは、好き」へ変えていきましょう。そうすることによって、「好きこそものの上手なれ」の言葉どおりに、これまでとは全く違った明るい人生が開けていくでしょう。

最後に、「人は誰でも、自分の人生を幸福にしていく義務がある」ことを決して忘れないで、そしてあきらめないでください。
 美好芳子 ディプラディニア
花言葉(固い友情)



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